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「大学生だからこそ得られる経験を」AKAMONで働く早稲田大学3年・志村祐哉

「大学生だからこそ得られる経験を」AKAMONで働く早稲田大学3年・志村祐哉

田んぼに囲まれた町で育った少年時代

志村さんの出身は、田んぼに囲まれたのどかな町。「本当に周りは田んぼだけ」と笑いながら振り返る環境で育った。

子どもの頃から、人前に立つことが自然と多かったという。
「グイグイ、みんなの前に出るタイプでした。小学生の運動会とかでも、前に立ったりしていましたね」

外で体を動かして遊ぶことも大好きで、

「いろんな遊びに、とにかくすごい遊んでました」
と笑う。

その性格は中学校でも発揮される。所属していた陸上部では部長を任され、100m走やリレー、走り幅跳びに打ち込んだ。

「全校生徒が90人くらいしかいない、結構小さい学校で、その中で陸上部には30人くらいいたので、3分の1くらいが部員でした」

部長として難しかったのは、先生とチームメイトの間に立つことだったという。

「大会前に、先生から『こうしたい』という要望がある一方で、部員からは『もっと違う種目をやりたい』という声もあって。そこを調整するのが難しかったです」

選手と指導者の橋渡し役を、中学生ながらに担っていた。この「間に立って調整する」役回りは、後にAKAMONでの仕事にも通じるものがある。

「一人で勉強するのに一番大切なこと」

高校では、もともと得意ではなかった数学や理系科目に、とにかく時間をかけたという。

「高3の時点で、目標にしていた偏差値まで持っていくために、ずっと勉強していました」

部活動も1、2年生では別の部に所属し、2、3年生ではそれぞれ違う部の部長を任されたという。

「制度上は問題なく、いくつも部長を兼任できました」
と振り返る。

印象的なのは、その勉強法だ。

テスト前でもない限り周りの生徒は部活動やおしゃべりをして過ごす中、志村さんは1年を通して、部活の合間を縫うように勉強を続けていたという。

「基本的には一人で勉強していましたが、わからないことがあったらすぐ聞けるように、あえて先生の目の前の席で勉強していました」

周りからも「あの席にいつもいる人」と認識されるほど、同じ場所で勉強を続けていたそうだ。

ただ質問しやすい環境を作るだけでなく、勉強以外の雑談もしながら、先生との信頼関係を築くことも意識していたという。

「一人で勉強するといっても、集中力が続かなかったり、疲れてしまったりすることもある。そういうときに人を頼れるかどうかが、一番大切だと思います」

「テストを作るのも先生ですからね」

と茶目っ気たっぷりに笑う場面もあり、周囲を巻き込みながら物事を進める力は、この頃から自然と磨かれていたようだ。

大学へは、高校の成績による推薦制度を利用。第一志望から第20志望くらいまで学部を書いて出願する仕組みの中で、見事第一志望だった早稲田大学文化構想学部への進学を決めた。

「本当にホッとしました」

絵本の読み聞かせから見える、文化の違い

文化構想学部では、専攻を自分で決めて進んでいくスタイルが特徴。

志村さんは心理学全般、特に今所属しているゼミでは発達心理学や対人関係にまつわる心理学を学んでいる。

「よく『人の心が読めるんじゃない?』って聞かれるんですけど、全然そんなことはないです(笑)」

最近取り組んだ研究テーマの一つが、絵本の読み聞かせが子どもの発達に与える影響について。

自身のオリジナル研究ではなく、複数の国の先行研究をまとめてゼミで発表する形で取り組んだという。

「アメリカと台湾で、絵本の読み聞かせの仕方が全然違うんです」

アメリカには文字のない絵本があり、読み手が自分の言葉や表現で物語を作りながら読み聞かせる文化がある。

一方で台湾では、「この子はどう思う?悲しそうに見えるよね」というように、子どもに問いかけながら気持ちに寄り添わせるような読み聞かせが行われるという。

「そうした違いが、子どもの発達にも影響しているのではないか、という研究でした」

ちなみに日本は、というと。

「どちらかというと、台湾寄りの読み聞かせ方だと思います。『これは嬉しいね』『これは悲しいね』と、はっきり言葉にして伝えるところとか」

一見地味に思える研究テーマでも、国や文化によって当たり前が違うことを面白がりながら掘り下げる姿勢に、志村さんらしさが表れている。

きっかけは、友人不在の「AKAMONナイト」

志村さんがAKAMONと出会ったのは、サークルの友人に誘われて参加した「AKAMONナイト」がきっかけだった。

ところが当日、その友人が体調不良で欠席することになり、初参加を一人で迎えることに。「知り合いがいなくて、結構心細かったです」

しかし、周りにいた東大や慶應の学生たちの話を聞くうちに、印象が変わっていく。

「面白いな、自分の世界じゃないなって思ったんです」

もともと人と打ち解けるのが早いこともあり、気づけば周りの輪の中に加わっていたという。

そんな中、「村上さんが来る」という噂を耳にする。

「村上さんって色々いるから、どの村上さんだろうと思っていたら、まさか本人が来るとは思っていなくて。それがかなり印象に残っています」

この出会いをきっかけに、AKAMONナイトに足を運ぶようになり、村上さん本人とも直接話す機会を得た。

一人で参加した心細さから一転、AKAMONという場所そのものに強く惹きつけられていった瞬間だった。

「自分から仕事を作っていく」経験

アルバイトとして関わるようになったのは、その後参加した、初回よりも規模の大きいAKAMONナイトでのこと。

海外事業に携わるスタッフと話す機会があったほか、別のスタッフともたまたま話す機会があり、その中でアルバイトの話を持ちかけられたという。

「今も別のアルバイトをしているんですが、それとは違う形で、自分から仕事を作っていくという経験は、なかなか大学生ではできないと思っていて。」

「大学生活の中で意識して取り組みたいと思っていたことだったので、それがきっかけになりました」

現在は、シフトの形も決まっておらず、かなり自由に働かせてもらっているという。

「『いつ空いています』と伝えると、『その時に来てください』という感じで」

具体的な業務としては、AKAMONが主催するイベントの写真などのデータ整理や管理、備品の管理、オフィスの収納スペースの効率化やマニュアル作りなどに取り組んでいる。

「今ある仕組みを、より使いやすい形に整えていく」ような仕事だと志村さんは表現する。

決まったマニュアルがない中で、自分なりのやり方を考えて形にしていく。

そこには、中学時代に部長として調整役を担い、高校時代に自ら学びやすい環境を作っていった志村さんらしい取り組み方が重なって見える。

これから挑戦したいこと

「今の仕事を続けていく中で、社内の仕組みがもっと良くなって、備品管理なども安定してきたら」

と、志村さんは今後について語る。

「AKAMONのことをもっと知ってもらえるように、認知度を上げていくような動きにも関わっていきたいです。」

「同じ思いを共有できる仲間を増やしたり、自分と同じように新しいことを始めたいという人を、直接サポートするような仕事もしてみたいですね」

目の前の業務を一つずつ丁寧にこなしながらも、視線はすでにその先へ向いている。

今ある仕組みを整えることがゴールではなく、そこから先、AKAMONという場所自体を広げていくことにも関わっていきたい、という思いがうかがえた。

最後に、AKAMONでのアルバイトやインターンに興味がある学生へメッセージを聞いた。

「かなり自由にやらせていただけて、『これは君の判断でやっていいよ』と、本当に自由に任せてもらえます。学生一人に対して、これだけ信頼のある仕事を任せてもらえるのは、なかなかないことだと思います。」

「それを一緒にやっている中で、社員さんが支えてくださったり、すぐにコミュニケーションが取れる環境があったりするのも、普通のバイトにはない魅力です」

「言われたことをただやるのが普通のアルバイトだとしたら、AKAMONのアルバイトは、自分で主体的に動ける裁量がある。とてもアルバイトとは思えません」

中学時代のチームの調整役、高校時代の自分なりの勉強法、そして大学での学び。振り返ってみると、志村さんはいつも

「与えられた枠の中で、自分にできることを考えて動く」人だった。

友人が来られなかったAKAMONナイトに一人で飛び込んだ日から始まった縁は、今、そうした志村さんらしさを存分に発揮できる場所へとつながっている。

20分ほどのインタビューを終え、「緊張していました」とはにかむ志村さん。飾らない言葉の端々から、物事に実直に、真摯に向き合う人柄がにじみ出ていた。これからのAKAMONで、志村さんがどんな仕事を「自分から作っていく」のか、楽しみに見守りたい。

PROFILE

志村祐哉|早稲田大学文化構想学部3年。埼玉県川島町出身。中学時代は陸上部の短距離部門で部長を務め、高校では政治経済部・地歴部の副部長を経験。大学では心理学を学び、発達心理学や対人関係について研究している。AKAMON ナイトへの参加をきっかけにAKAMONと出会い、現在はアルバイトとしてイベントデータの整理・管理や備品管理、業務効率化などに携わっている。

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