
「やってみたい」と思ったら、ダメと言われてもやっちゃう。スペイン留学を経て、アートの“中”へ。立教大学・嶋根千夏さんがAKAMONで見つけた新しい挑戦
小さい頃から、「自分がやる」が自然だった
まず、出身はどちらですか?
千葉県の我孫子市です。
生まれも育ちもずっと我孫子で、小学校も中学校も全部公立でした。
小学校の頃は、外で遊ぶ活発な子でした。あとは、ずっとバスケしかやってなかったです。
バスケを始めたきっかけは、お母さんがバスケをやっていたことと、姉の友達がバスケをやっていたことですね。
姉の友達が姉をバスケに誘ったんですけど、姉はどうしても運動したくないということで、私を道連れにして(笑)。
それで私がバスケを始めました。

バスケ以外にも、小さい頃からいろいろ挑戦していたんですよね。
そうですね。それこそ人前に出るのが好きだったので、学級委員とか生徒会とかもやっていました。
中学校では生徒会に立候補しました。
生徒会って、2年生と3年生がなれて、全体で6人くらいだったんです。
だから、ちゃんと選挙があって。
私、クラスを一つずつ回って、「私に投票お願いします」ってやりました(笑)。
朝の会のときに「失礼します」って言ってクラスに入って、「立候補します、嶋根です」って。
それで自分の意気込みを語って、「頑張るので、皆さんよろしくお願いします」って言っていました。
かなり勇気がいりそうですけど。
いや、もう死にそうになってました(笑)。
「私、何してるんだろう」って、あのとき自分でも思ってました。
でも、投票してもらって、選ばれたときはめちゃめちゃ嬉しかったです。
バスケでは部長もやっていました。
別にものすごく強いチームだったわけではなくて、大会で優勝とか、そういうチームではなかったんですけど、最後まで仲間と一緒にスポーツができたことは、やっぱり一番誇りに思っています。
すごく楽しかったですね。
「目立ちたがり屋」の原点は、誰かに喜んでもらえた経験
生徒会や部長など、人をまとめる立場になることが多かったと思います。もともとリーダー気質だったんですか?
周りからは「目立ちたがり屋」って言われてました(笑)。
多分、リーダーシップがあるとも言われていたんじゃないかなと思います。
でも、なんでそうなったのかは、自分でもよく分からないんです。
ただ、小学校のときに初めて学級委員をやったときの経験は大きかったと思います。
クラスをまとめたり、裏でクラスのためにいろいろ動いたりして、それをみんなが評価してくれて、「ありがとう」って言ってもらったんです。
それが、めちゃめちゃ嬉しかった。
多分、それが快感だったんだと思います。
だから、みんながやりたがらないことをやるのが好きなんです。
「感謝されること」がモチベーションになっているんですね。
そうですね。
やりたがらないことを自分が率先してやって、それで感謝してもらえる。
そういう経験があったから、リーダーとか、そういう役割をする場面でも、「じゃあ自分がやろう」って思うようになったんだと思います。
だから、生徒会のときも、本当に死にそうになりながらクラスを回ってましたけど(笑)。
恥ずかしさを捨てて、結構いろんなことに挑戦してきたと思います。
高校時代、1年間の留学が「出発1カ月前」に消えた
高校時代はどうでしたか?
高校は松戸国際高校に行きました。
高校では、それまでの学級委員とか生徒会とかよりも、留学に目覚めました。
「長期で留学したい」と思って、そっちに専念して準備を進めていました。
高校2年生の夏から3年生の夏まで、1年間行く予定だったんです。
1年間ずっと準備していたんですけど、結局コロナで、出発の1カ月前にダメになってしまって。
それはかなり大きな出来事ですよね。
そうですね。
自分の中では結構、「何すればいいんだろう」ってなりました。
ずっと準備していた目標がなくなっちゃったので。
それまで「留学に行く」という目標に向かって動いていたのに、それが急になくなって。
それで、とりあえず大学受験をしようってなりました。
ただ、大学も「行くなら良いところしか行きたくない」って思っていて。
1年間浪人して、最終的に立教大学に入りました。
世界史から始まった、美術への興味
立教大学では美術を専攻しているんですよね。そもそも、なぜ美術が好きになったんですか?
もともと母が美術系のものが好きだったというのもあります。
でも、一番大きかったのは浪人中です。
そのときに世界史をめちゃめちゃ勉強して、「点を取るなら世界史だ」ってなって、死ぬほど勉強していました。
世界史を勉強していると、美術の名前とか作者とか作品名も覚えないといけないんですよね。
それをやっているうちに、「美術って単に見るだけじゃなくて、こんなに歴史が深いんだ」って知って。
「ああ、美術って奥深いかも」と思ったのがきっかけです。
受験が終わってから、いろんな美術館に行くようになって。
そこで実際に作品を見たら、「わ、面白い」ってなって。
そこからどんどんのめり込んでいきました。

大学ではどのように美術を学んでいるんですか?
立教大学の現代心理学部で、映像身体学科というところです。
芸術全般を学べる学科で、映画を学んでいる人もいれば、写真を学んでいる人もいて。
私は美術を学びたいと思って、美術を専攻しています。
その中で、美術史の授業を受けているときに、スペインの美術に詳しい先生に出会ったんです。
「スペイン美術いいよ」って教えてもらって、いろいろ授業を受けているうちに、「スペイン美術をもっと学びたい」と思うようになりました。
「交換留学がないなら、自分で行けばいい」

そこからマドリードへの留学につながったんですね。
そうです。
ちょうど両親もスペインのマドリードにいたので、「じゃあ行ってみようか」と。
でも、マドリード市内に交換留学できる協定がなかったんです。
だから、結局自費で行きました。
自分で大学を探して、自分でアプライして、大学から許可をもらって。
立教の留学サポートを通さずに、自分でやりました。
普通なら「協定がないから無理」と考えそうですが、なぜ自分で行こうと思ったんですか?
本当に、「これをしてみたい」とか「好きなこと」があったら、ダメって言われてもやっちゃう人間なんです(笑)。
なので、「美術を勉強したい」「留学したい」と思ったら、資料を集めて、ルールを調べて、自分でアプライして。
それで大学にも許可をもらって、「行かせてください」みたいな感じで。
それで親も説得して。
本当に、それしか手段がなかったので。
自分で道を作ったんですね。
そうですね。
結果的に、マドリードに行くことができました。
本当に幸運だったと思います。
週2、3回美術館へ。マドリードで「美術の中」に入った
マドリードでは、どんな経験が一番大きかったですか?
いろんなことをしました。
とにかく、美術の勉強はめちゃめちゃしましたね。
今まで本とか授業で学んでいたものが、目の前にあるわけじゃないですか。
なので、週2、3回くらい美術館に通っていました。
美術の勉強がめちゃめちゃできたのは、本当にあの環境がありがたかったです。
あとは、やっぱり人とのコミュニケーションが一番成長できたかなと思います。
言語だけじゃなくて。
国籍が違うだけで、生きてきた環境も考え方も全然違うじゃないですか。
それを知るのがすごく楽しくて。
いろんな友達を作って、いろんな人と交流して。
それは大きな経験でした。
帰国してから1年ほど経った今、改めてマドリード留学を振り返ると?
本当に行ってよかったと思います。
美術についてももちろんそうですけど、人とのコミュニケーションとか、いろんな価値観に触れられたことが大きかったです。

「こんな素晴らしい場所はない」から始まったAKAMON
そして現在は、カイカイキキのAKAMONでアルバイトをしています。どうしてAKAMONを知ったんですか?
もともと村上隆さんの作品とかが好きで見ていました。
あとYouTubeとかですね。
YouTubeでカイカイキキの日常とかを見ていて、「え?」ってなって(笑)。
「すごい、近江さんいる!」って知って。
私は「ラブトラ」の大ファンだったので、友達とキャーキャー言いながらずっと見てたんです。
だから、「こんな素晴らしい場所はない」ってなって。
「近江さんもいるし、村上さんもいるし」みたいな(笑)。
それで、「ちょっと応募してみようかな」と思って、Instagramで募集を探しました。
「募集ないかな」と思っていろいろ見ていたら、アルバイトがあって。
それで応募しました。
実際にカイカイキキに入ってみて、これまで美術を「学ぶ側」だった自分との違いは感じますか?
全然違いますね。
それこそ、最近、国際アートフェアTokyo Gendaiの展覧会に行って、カイカイキキのギャラリーブースを見させてもらったんです。
そこで、全然違うなと思いました。
私はこれまで、歴史の中で学んだ美術しか知らなかったんです。
でも、現代アートって、目の前で実際に取引されている。
そういうものを見ると、今まで自分の中では「歴史上のもの」としてしか捉えていなかった美術が、今この瞬間に文化として作り出されているんだなって感じました。
なんか、かっこいいなって。
美術って、こんな違う側面もあるんだなって思いました。
もっと現代アートの知識や歴史を学びたいと思いました。
「美術が好き」だけでは、ギャラリーの人間にはなれない
実際にアートの現場に入ってみて、新しく見えてきたことはありますか?
あります。
それこそ、ギャラリーの仕事ができるんだとすれば、今すぐにやりたいんですけど。
その立場って、単に美術が好きなだけじゃダメなんだなっていうのをすごく感じました。
作品を相手にちゃんと伝えて、その良さを引き出せる人間じゃないといけない。
もちろん海外のマーケットになったら、言語っていうのは最低条件で。
そこから知識だったり、相手を惹きつけるコミュニケーションだったり。
そういうものを磨いていかなきゃいけないんだなって、改めて感じました。
今まで私は、絵を見て自分がどう感じるかとか、その絵の背景にある歴史を辿ってきたんです。
でも今、カイカイキキという場所に入って、さらに実際の現場を見て、作品が本当に取引されているところを見て。
「これくらいの金額感なんだ」とか、そういうところまで少し見えてきて。
より美術って面白いなと思うようになりました。
だから、今はまだまだ課題がたくさんあります。
知識量もそうだし、マーケットのこともそう。
お客様と作品を受け渡す人間になるのであれば、そこで必要な知識や技術も学ばなきゃいけない。
でも、そういうことを知れる環境にいさせてもらっていることは、本当にありがたいです。
学生だからこそ、一緒にAKAMONをつくっていける
現在、AKAMONではどんな仕事をしていますか?
今やらせてもらっているのは、名簿の整理だったり、備品の整理だったり。
新しくできた場所なので、そういうものを一個一個整理している段階です。
でも、それだけじゃなくて、今後AKAMONがどういうふうに進化していくかみたいなことを、私たち学生も一緒に考えさせてもらえる環境なんです。
それがめちゃめちゃ楽しいです。
同じ学生のメンバーもみんな優秀な方々なので、いろんな知識を学んで、いろいろ教えてもらっています。
学生アルバイトでありながら、AKAMONそのものについて考える機会もあるんですね。
そうですね。
学生がやるようなレベルじゃないことも、いろいろやらせてもらっている気がします。
例えば、業務の効率化をどうしていけばいいかということを社員の方から質問してもらって、学生の私たちでアイデアを出させてもらう。
そういう環境って、普通はなかなかないんじゃないかなと思います。
ただ決められた仕事をするだけじゃなくて、「これからどうしていく?」というところから一緒に考えられる。
そこが面白いですね。
「一緒に作っていく側」で参加したい学生へ
最後に、これからAKAMONでアルバイトをしてみたいと思っている学生に、伝えたいことはありますか?
よりAKAMONを、学生の間でもどう良くしていくかということに貢献できると思います。
なので、「何か一つのプロジェクトを作りたい」とか、「こういうことを考えてみたい」とか、「一緒に作っていく側として参加したい」と思う学生がいたら、全然いい場所だと思います。
そういう学生には、ぜひ来てほしいですね。
私自身もまだまだ学んでいる途中ですし、美術についても、現代アートについても、マーケットについても、もっと知識をつけたいと思っています。
その上で、自分がこれまでやってきたことや、留学で経験したこと、人とのコミュニケーションだったり、そういうものも活かしていけたらいいなと思っています。
まだまだ学ぶことはたくさんありますけど、AKAMONがどう進化していくのかを、学生の立場から一緒に考えていけること自体がすごく楽しみです。
PROFILE
嶋根 千夏(しまね・ちなつ)千葉県我孫子市出身。
立教大学現代心理学部映像身体学科に在籍し、美術を専攻。
幼少期からバスケットボールに取り組み、中学時代には部長と生徒会を経験。高校時代には長期留学に挑戦するも、新型コロナウイルスの影響で中止となる。その後、大学進学を経てスペイン・マドリードへ約1年半留学。現地で美術史やさまざまな文化に触れ、美術への関心をさらに深める。現在はカイカイキキのAKAMONでアルバイトとして活動している。